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筑後若津橋梁、通称:筑後川昇開橋
長崎本線佐賀駅と鹿児島本線瀬高駅を結んでいた国鉄佐賀線の橋梁。
船舶航行時に、橋を垂直に昇降する国内では、非常に珍しい可動式鉄道用橋梁です。
筑後川をまたぎ、福岡県大川市と佐賀県佐賀市諸富町を繋いでいました。
1987年佐賀線廃線後も保存され歩道橋として活用されています。(橋の昇降もしています)
国の重要文化財及び機械遺産に指定されています。
2012.01.21 Sat l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top

国鉄矢部線は、鹿児島本線羽犬塚駅から、福岡県南西部の八女市・黒木町(現八女市)を結ぶ路線でした。
第一次特定地方交通線に指定され、1985年廃線となりました。
八女市内は、幹線道路(国道3号線)が通り、また地元資本(堀川バス)のバス路線が、比較的整備されてた事もあり、当時は、さほど強力な反対運動もなく、あっさり廃線に至った記憶があります。
現在は、モータリゼーションの進行とともに、国道3号線は慢性的な渋滞が発生しており、バス路線は、定時制を欠く皮肉な結果となっております。
もしも今でも鉄道路線があればと悔やまれます。羽犬塚~筑後福島間だけでも三セクとして存続していれば、福岡市内へのアクセスも容易であり、福岡都市圏への通勤圏内として発展したかも?少なくとも現在の八女市の人口減少、地域経済の地盤沈下は、免れていたかもです。
鉄道路線存続に熱心だった、甘木市(現朝倉市)とは、対照的ですね。
2012.01.19 Thu l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top

福岡県には、かつての炭鉱が活況だった時代をしのばせる遺構が各地に、今でも点在しています。
多くは、日本最大級の炭鉱地帯であった筑豊地方にありますが、福岡市近郊の、糟屋郡志免町にも、そうした炭鉱時代の遺構があります。
それがこの「志免鉱業所竪鉱櫓」です。
これは、採炭夫や採掘した石炭を昇降する為の施設で、地下に伸びる竪鉱の長さは、実に430mにも及びました。
この様な竪鉱櫓が現存するのは、国内では、ここだけで、国の重要文化財に指定されています。
(世界的にも3ヵ所、中国とベルギーに現存するだけだとか)

国営だった志免炭鉱は、古くは、旧日本海軍の、そして国鉄の炭鉱として栄え、採掘された石炭は、廃線になった旧国鉄勝田線を使って運ばれ、全国の蒸気機関車の燃料として使われました。
2012.01.14 Sat l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top

JR折尾駅東口のロータリー近くに、古い朽ちた煉瓦造りの3連アーチが見えます。
これは以前、門司~折尾間を走っていた西鉄北九州線(路面電車)の高架橋跡です。
同路線は、黒崎から折尾までは、鉄道専用軌道で整備されており、筑豊本線を跨ぎ西鉄折尾駅(高架駅)まで続いていました。
2012.01.14 Sat l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top


福岡市の日赤通りを、天神方面から日赤病院方面に進み、那の川交差点を過ぎてしばらくすると
日赤通りを斜めに横切る不自然な道路が現れます。
実はこれが、福岡市営地下鉄開通前迄は、姪浜~博多間を通っていた「国鉄旧筑肥線」跡です!
昔は、この日赤通りを遮る様に踏切があり、交通渋滞の原因のひとつともなってました。
もしも、この路線が今でも残っていたらどうなってたでしょうね~?妄想が膨らみますね(もちろん高架橋路線前提ですが。しかしそうなると、平尾の西鉄大牟田線とのクロスは、どうなるか?ん~妄想は、続く....笑)
2012.01.13 Fri l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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